Archive for 11 月, 2007

俺と格闘アクション

金曜日, 11 月 30th, 2007

第一回国際ニコニコ映画祭には、アクション作品が2篇あった。
3人必殺拳
『双龍』 番長編
作品としてのできは発展途上ながら、動きが素晴らしい。「アクション」「格闘 アクション」「カンフー」などで検索したが、こういうアクションものの自主制作は、まだほとんどニコニコ動画にはないようだった。今後の発展に期待したい。

実は僕も5年ほど前に、ネットの格闘アクション動画に出たことがある。知り合いのサイト管理人が、「これからは動画サイトになる!」と宣言して本当に動画を撮りだし、練習として短編の格闘アクションを撮っていた。当時は趣味としてヌンチャクをやっていた僕もちょっとだけ出させてもらったことがある。わずか2分かそこらの出演だったのに、次の日は非道い筋肉痛になっていた。

そこで、もっとちゃんとしたアクションを身に付け、立派なアマチュアアクション俳優になろうと決意した僕は、筋トレを始め、タントスクールに通ったり本格的な武道の稽古を始めたりしたのだった。ところが、元々ホラーやキャンプな映画が好きで、あくまで「バカ映像の手段として格闘シーンを使う」監督の彼と、「格闘アクションそのものを愛する」僕との間で方向性が乖離し、せっかく身に付けた技を披露する機会は以来、一度もなかった。

時に、Youtubeが登場するよりも3年も前だった。時代を先取りしすぎていた。

さて、それでも映像の撮影や編集は、スタントスクールの稽古を撮影しながら、リプレイを兼ねてちょくちょくやっていた。しかし、撮影がメインではないので、なかなか思うように撮れない。そこで僕は、自分が撮りたいように撮り、自分が活躍できる格闘アクションを作ろうと決意した。僕はmixiに『格闘アクション制作委員会』を立ち上げた。これが3年前の話。当時の仮面ライダーは『響鬼』だった。

ところがあれよあれよという間に時間は過ぎ、結局今のところ全く動いていない。スタント業界にはほとんど超人のような人が沢山いるし、Youtubeを見てもアクション動画を上げている人は沢山いる。
YouTube - Martial Arts Street Fight
例えばこのいかにも素人くさい映像を見て、僕は打ちのめされた。せめてこのくらい動けないと「格闘アクション撮る」なんて言っちゃいけないんじゃないのか!?

しかし、ニコニコ動画の大いなるアマチュアイズム、冒頭の動画やノリアキには勇気付けられた。やらずにいつか後悔するより、まずはやってしまったほうがいい時もある。少なくとも後悔はしないようにできるはずだ。今日、知人の病気を知って思った。病気にならなくても、例えば中央線のホームに落ちて死ぬ人もいる。それでなくても、人はいつか死ぬ。生きているうちに、精一杯やらなくては。

ニコニコ動画とテキストサイト時代

木曜日, 11 月 29th, 2007

ニコニコ映画祭のノミネート作品を一通り見てみた。
ニコニコ動画(RC2)‐タグ検索 ノミネート作品

できばえはともかく、こういう、「大人のごっこ遊び」が発散、発表、共有できる場が生まれたというのは非常に有意義…かどうかは分からないが、ある種文化的で面白い現象だと思う。とりあえず僕はとても嬉しい。

5年ほど前は、特に機材や技術のない人間が、「インターネットで何か面白いことをやろう」と思ったら、とりあえず文章を書くしかなかった。まともな動画が撮れるムービーカメラは数万、数十万もしたし、たとえ機材や技術があっても、動画や音楽をダウンロードできるようなネット環境は誰も持っていなかった。これが日記系、“テキストサイトブーム”を支えた要因である。かつて、日本のプロスポーツが野球だけだったとき、身体能力の高い人は野球を頂点として集まったように、「おもしろい人」「発信したい人」はテキストサイト(~ブログ)に集まった。

しかしYoutube以降、素人芸人や素人ミュージシャンが、その趣味の成果を文章以外で気軽に発信できるようになったのだった。国内においては、ニコニコ動画以降と言ってしまってもいいかも知れない。Youtubeは、日本では(運営元が期待したほどには―Upload Yourself―)自作のホームビデオを上げる人は少なく、ほとんどがテレビ番組、DVDなどの著作権抵触コンテンツの視聴サイトとして使われてしまった。

ニコニコ動画のブレイクスルーは、やはり国内サービスという点と、あの独特のコメント機能だろう。動画に直接ベタベタと貼り込むことのできる視聴者コメントは、ともすれば作品自体をスポイルしてしまうリスクもあるが、絶妙の双方向性と参加感覚をもたらした。
(これは、テキストサイト時代の「日記+BBS+2chスレッド」の機能が、数倍にも増幅されたようなものだろうか。)

となると、先日行なわれた『ニコニコ映画祭』は、審査員が限られた数名によって「勝手に」行なわれてると言う時点で、すでにニコニコ動画のサービスの強みを捨ててしまっているわけで、失敗することも必然だったのだ。

SNSしか見なくなる人向けのツール『Twitbacker』

水曜日, 11 月 28th, 2007

こうしてブログ社会も爛熟してくると、アンテナやRSSを追うのが面倒になって、特に知己のサイトだと全然見なくなって、mixiやTwitterなどのSNSの更新しか見なくなる人が結構いそうな気がします。

本体ブログは頑張って書いているので、知り合いにこそ読まれないんじゃちょっと寂しいですよね。というわけで以前、ブログ(MovableType)の更新内容をmixiの日記に貼り付けるプラグインを紹介しました。

で今度はTwitter。こっちはもっと直接的に、ブログから更新Pingを送って、Twitterに更新報告をします。

Twitbacker - Pingでブログの更新情報をTwitterに!!

Twitterのアカウントとパスワードを登録するだけで、Ping用のURLが生成されます。あとはそのコードを自分のブログのPing送信先設定に加えるだけ。

これで知り合いにも、ブログの更新を気付いてもらえます。
…でも、今度はいちいちSNSの方にブログの更新報告があったり、同一内容が貼られたりするのを嫌がる人もいるようで、ってもう知らんわそこまで。「ヤマアラシのジレンマ」みたいですね。

『ニコニコ映画祭』第一回の低調と不評

火曜日, 11 月 27th, 2007

ニコニコ動画が好調のようである。僕も最近、ニコニコ動画をちょくちょく見るようになった。当初は、Youtubeの動画データを引っ張ってきて、そこにコメントを上からかぶせる仕様だったが、Youtubeに閉め出されて以来、自前の動画サーバーも用意し、ユーザー数も400万人を突破している。それに伴って、TV番組等の著作権違反動画の人気が中心だったYoutube時代よりも、ユーザーが自主撮影・制作した動画が中心となって盛り上がっているように見える。

そんな中、ユーザー作成のオモシロ動画の中から優秀な作品を表彰する『国際ニコニコ映画祭』という試みは、とても興味深いものに感じられる。

国際ニコニコ映画祭

しかし、結果がお粗末すぎた。
グランプリを獲得した『サンタ狩り』という約1分の作品は、夜の繁華街を逃げるサンタクロース姿の男が、全身白タイツの男二人にバットでボコボコに殴られる、というだけのもの。
もう一度書こう。サンタが二人組の男に殴打される、というだけのもの。本当に、それ以外に何もないのだ。「子供が真似する」とか「暴力を助長・肯定する」とかそういうレベルではない。あえて言おう、カスであると。ゴミ以下の作品であると。
面白いとか不快とか怒りを通り越して、ただただこの自称「作品」レベルと作り手の志の低さ、これを選んだ審査員の見識にあきれるばかりである。唯一の救いは、ひろゆきが最後まで反対していたことくらいか。

それだったら2位のニコニコ動画(RC2)‐納豆ヘアーセッティングの方が編集に凝っている分、まだ面白いと思うし、何の賞にも引っかからなかった単なるノミネート作品の中にも、『サンタ狩り』よりマシなものはいくらでもある。

もし『サンタ狩り』をアクション・ジョークとして見るなら、登場人物がちゃんと動いている分、『『双龍』 番長編』の方がまだ見応えがあるし、ナンセンス・ジョークとしてなら『人形劇「サバンナの密猟者」の方がまだしも、笑える。(ある意味においてでも)

第一回の惨憺たる結果と不評に運営側が焦ったのかどうかは分からないが、ニコニコ動画では早くも第二回が開催されているが、果たしてどうなるか。少なくとも、第一回で『サンタ狩り』を推した審査員は全員入れ替えるくらいのことをしてもいいのではないか。

WEBページが文字化け!なぜか真っ白!の直し方

月曜日, 11 月 26th, 2007

なぜかWEBサイトが文字化けして困ったときのチェックポイント。特に、MovableTypeやBloggerなど、海外ブログのテンプレートをそのまま流用した際に起こりがちな現象です。
修正ポイントは2点です。

1.最初の言語宣言を日本語に変更。

(例)
<html xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml" xml:lang="en" lang="en">
  ↓
<html xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml" xml:lang="ja" lang="ja">

2.ヘッドの中で最初の日本語を使う前に文字コード指定。(順番入れ替え)

(例)
<title>日本語タイトル</title>
     ・
     ・
<meta http-equiv="Content-Type" content="text/html; charset=UTF-8" />
  ↓
<meta http-equiv="Content-Type" content="text/html; charset=UTF-8" />
<title>日本語タイトル</title>

これをしないと、IEでは真っ白になったり激しく化けたり、ちゃんと表示されない確率が倍増します。Mozilla系(FireFoxやOpera)では平気のようです。

ぶりの照り焼きを作ってみた

日曜日, 11 月 25th, 2007


ぶりの照り焼きを作ってみた。そろそろ自炊も板についてきた頃かと自画自賛。それよりもやはり、旬の魚はうまい!ということなのだと思う。

四季があり、五穀の豊穣と山海の幸があるこの国に生まれた喜びを噛み締める一瞬である。1人の食卓だって寂しくないYAIYAI。

それにしてもぶりはフォトジェニックだ。この照りがいいんだろうな。

返品対応について

土曜日, 11 月 24th, 2007

そんなことよりこの前、帰りに吉野家行ったんです、吉野家。
でいつもの「豚丼、並、玉子」を頼んで待つこと2分、出てきた豚丼に玉子をかけてさあ食べよう、と思ったら、まったくたまねぎが入っていないんですよ。
もうね、アホかと。馬鹿かと。
豚丼・牛丼ってのは、あの値段で炭水化物とたんぱく質と、最低限の野菜が取れるからいいわけですよ。それを勝手に「ねぎ抜き」の裏メニューにしてもってくんなと。
「あのー、すいません。これってねぎ抜きですか?」
「いえ、当店ねぎ抜きは行なっておりませんので…」
バーロー!そうじゃなくて、だってねぎ入ってないよこれ。
「はっ!申し訳ございません、すぐに作り直します!」
「いや、作り直さなくていいからさ、たまねぎ足してよ」
「いえ、作り直しますので…」
「だって玉子もかけちゃったし」
「いえ、大丈夫です。作り直します」
「そ、そう…?」

そう答えて新しいのを出してらったけど、全く不愉快でした。その豚丼が、次の客に出されたり店員のまかないに鳴ったり有効活用されるならいいけど、もう玉子をかけてしまったことだし、たぶん捨てられてる。
なんか虫が入っているとか、カエルの足が入ってるとかだったらもちろん即効作り直してもらうけど、たまねぎが足りないんだったら足せばいいじゃない。牛丼なければ豚丼食べればいいじゃない。

以前は、「今日はちょっとあまり食べられないけど、ご飯を残すともったいないから、最初っから少なめに盛ってもらおう」と思って「ごはん少なめで」と頼んだら、普通の量がきたんで「あの、少なめって頼んだんですけど…」て言ったら有無を言わさず取り上げられて作り直されましたからね。ご飯がもったいないから、とかそれどころの話じゃない。

多分「客がクレーム言ったら作り直せ」みたいなマニュアルがあるんでしょうね。ばかばかしい。こんなの、クレームですらない。「新しいのまるごと出せば満足するんだろ?」と考えてるとしたら大間違いです。客には、出された食事は目の前に置かれた時点で既に「自分のもの」というある種の愛着が生じているし、そんなことで食糧資源を無駄にしても気が引けるだけで楽しくないです。

隣の男が、『牛すき焼き鍋』を食べてましたが、どうやら鍋に火が通ってなくて「これ冷たいんだけど」といったら案の定「はっ、申し訳ございません、すぐに新しいものをおつくりします」といわれても「いや、温めてくれればいいから」と押し切っていました。僕も次回からはもっとちゃんと抵抗しよう。吉野家の人もその辺よろしくお願いします。

ところで、『吉野家コピペ』のオリジナル作者でおなじみ(Not Found 2001/04/07 (土))の『Not Found』さんですが、今でも月に一回くらい更新されていて、相変わらずのグルーヴィーな日記で面白かったです。

時間の使い方について

金曜日, 11 月 23rd, 2007

僕は意外とのんき者なので、時間の使い方があまり上手くない。大抵、最初に怠けて最後に尻に火が付く、夏休みの小学生パターンだ。考えてみると、全て僕のうまくいってないパターンはこれに当てはまっている気がする。

・朝、出社がギリギリになる
 「うー、寒いよー」と布団から出られなかったり、ゆったりと朝食を食べたせいで身支度の時間が不足。

・残業残業、また残業!
 残業代出ないのに…。無論、午前中の頭が働く時間にブログ活動をしたり、寝不足のせいでほとんど働けなかったりしたせいで午後の時間が過密。

・空手の組み手試合
 「カウンター狙い」のつもりで攻めあぐねているうちにペースを握られ、あっさり上段突き一本。

・毎日更新のはずが1週間前の日付で書いている
 これは怪奇現象。時間の折から抜け出せない!
 ……。「明日の午前中に『時差更新』すればいいか」と後回しにしたせいで身動きが取れなくなる。

なんだかんだ言ってこんなもんです、現状は…。
しかしこれでは色々と問題がありすぎるので、来年から、いや来月から抜本的に改革したい。

・朝
目覚ましと同時にスパーと起きて空手型をひとつ。
そのためには無論前日早く寝る。

・仕事
朝から集中、あるいは前倒し残業でタスク処理。

・空手
前へ出る練習。

・ブログ更新
ムーノー師匠の教えを胸に、書いて寝る、あるいは朝書く。昼休みに書く。
毎日更新するということ - 朱雀式

これで負けパターン脱出だ。あと過去日付を書いていると、追いつくまで最新の時事ネタが書けないので非常に不便。

効果的なメールを書くための5つのルール+1

木曜日, 11 月 22nd, 2007

多すぎるメールを受け取るときのルールを決めている人は、果たしてどのくらいいるでしょうか。
私は決めています。

会社で働いていたとき、私は一日あたり100~200通のメールを受信していました。私はそのうちのいくつかをじっくり読み、あとは流し見をして、それ以外は単純に削除するか、まとめてどこかに保存してしまっていました。

あなたは全てのメールを読んでいられますか?

時間は貴重です。

あなたには一日中メールを読むような時間はありません。会議もあるし、今日のタスクを終わらせなくてはならないし、家に帰らなくてはなりませんよね。

逆に自分がメールを書くときはどうですか?

同じく、一日中メールを書いている暇などありません。素早く自分の考えを書き、送信ボタンを押し、あとは先方がいつか反応してくれることを祈るのみです。

そのメールがごみ箱に直行することを防ぎ、読んでもらう機会を増やすために何ができるでしょうか。

さらに重要なことですが、どうやったら受け取った人にリアクションを取らせることができるでしょうか。

というわけで、以下に挙げるのは『効果的なメールを書く5つのルール』です。

1.誰に読ませるべきかを明確に

受け手が注意を払うような件名を付けること。あなたのメールの目的を明確に特定するようにします。

例:
【要返信】(9/30まで)XXXデザイン案
【確認】今日の午後ミーティング

2.相手が知る必要があるものを書く

メッセージは常に短く、正確で、関連性を保つこと。

短く … メッセージは1ページ以内に。あなたはニューヨークタイムズの書評を書くわけではない。
正確に … 無駄な文章を書かない。時候の挨拶は不要。単刀直入にポイントを書く。
関連性 … 受け手が何を知り、何をするべきかが分かる内容のみ書く。全ての受信者が、そのプロジェクトの背景や利害関係、スポンサーやスケジュールの詳細を知る必要はない。

3.相手にどうして欲しいかを書く

メールを読んだ後に、相手にどうして欲しいのかを、極力明確にするべき。
あなたの要求は3つの場所に入れます。

・件名
・本文の出だし
・本文の末尾
また、その要求は、締め切りや期待などの情報も含んでなくてはなりません。

4.他に誰が読む必要があるか考える

本当にそのメールを読む必要がある人だけをCCに加えること。
太陽の下で暮らす全ての人々をCCして、ジャンクメールの山を作る必要はありません。

また、BCCは誰も得をしないので、決して使わないこと。本当に読ませたいなら、個別に転送しましょう。

5.次にすること

先方に本当にそのメッセージに答えて欲しいなら、電話をして確認すること。
大人しく机に座ってあなたのメールを待ちわびている人などいません。もし重要なメールなら、確実に電話をしたほうがいいでしょう。

考えてみてください…

もし、あなたが1日に15分しかメール関連に割く時間がないとしたら?
あなたはどんなメールを開くでしょうか。自分のメールを読むでしょうか?

The 5 Rules of Writing Effective Emailより。

言語、文化が違うので、例文なんかはちょっとぴんと来ないんですが、このルールはおおむね日本でも当てはまると思います。いますね、ずっと「Re:Re:Re:Re・・・」で全く違う用件を送ってくる人、いまだにNo Subjectで送ってくる人、何でもかんでもCCする人。少なくとも自分はすっきりしたメールを書きたいものです。そのほうが相手もすっきりするし、何より自分のメールにちゃんとレスポンスをしてもらいやすくなるのですから。

でも、できるならばこうしたルールを、せめて自分の職場内、チーム内では統一させたいですね。自分一人だけ心がけても、周りがCCの山だったら結局埋もれてしまいます。

というわけで一つ付け足しましょう。

6.これらのルールをグループ内に広める

まあ、これが一番難しかったりもするわけですが。

嫌いな人に使うエネルギーは無駄

水曜日, 11 月 21st, 2007

仕事のヒント(神田語録)より。

【成功への離陸】

嫌いな人に愛想を使うと、
自分が本来やるべき仕事にかけるエネルギーを浪費する。

解説:
凡人が成功に向かって離陸する際には、いままでの人間関係が切れていく
時期がある。凡人でありつづける人は、いままでの属していた人間関係に
引きずられて、行動が起こせない。

前回エントリー『仕事の天地人』でも少しふれましたが、職場の人間関係というのは、とても重要なものです。多くの人が一日の大半を過ごす場で、ともに過ごす人間の影響は、決して小さくありません。

そこにどうしても嫌いな人がいたらどうするか。例えば、顔を合わせるたびに失礼なことや無神経な言葉を投げかけてくる、プライバシーを執拗に暴こうとする、セクハラ・パワハラなど。無神経な人は、こちらが愛想笑いでやんわりと言い返しても、本気でいやがられていることには気付きません。

かといって「我慢すればいい」というのは、建設的な態度ではなさそうです。その場を我慢してやり過ごしたとしても、その人が毎回同じように振る舞うとしたら、ただただそのストレスがあなたに鬱積するだけです。ここでするべきことは、「解消」です。

一度ぶち切れるなどして、こちらの言い分を相手にぶつけ、あとは半分無視で、関係性を絶ちましょう。「怒り」というのはエネルギーがいるので、毎回ぶつけては職場が持ちませんが、毎回ため込むと自分が持ちません。一度それを解放・発散したら、あとは毎回不快な思いをしなくて済むような状態に持って行くというわけです。

その、あなたにとって正当な怒りの解放によって職場の人間関係が壊れるかも知れません。しかし、自分の犠牲によって成り立つ人間関係が、あなたにとってどれほどの価値があるのでしょうか。もし、すでにその職場を離れる気でいるなら幸いです。心おきなく解消しましょう。

© 朱雀式 2008