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	<title>田母神論文『日本は侵略国家であったのか』　HTML起こし へのコメント</title>
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	<description>国際関係、日本の近代史、かんたんレシピ、パチンコ反対、メンズナックル、WEBの話、やる夫など。</description>
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		<title>桜木 朱雀 より</title>
		<link>http://www.suzaku-s.net/2008/11/2008jyusyou_saiyuusyu.html/comment-page-1/#comment-2780</link>
		<dc:creator>桜木 朱雀</dc:creator>
		<pubDate>Sat, 07 Feb 2009 06:21:39 +0000</pubDate>
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		<description>＞零さん
更迭したとしても、歴史認識の議論すら封じられるというのは、民主主義国家とは言えませんね。この点についても田母上氏の言うとおりです。

＞名無し先生
コミンテルン陰謀史観といふのは、実際のところどうなんでせうか。詳しくは知りませんが、戦後60年経って、体制の移り変わりとともに新資料が出てきているのは本当でせうから、歴史家には徹底的な検証を求めたいものです。イデオロギイありきで歴史を歪めるマルクス史観の偽専門家は不要です。

「陥城」に関する御説、非常に参考になります。成る程、対して日本は「敵国の首都を落とせば終戦（＝勝利、講和）」と、近代国家としての原則が通ずるものと考えてしまったのが悲劇だったのですね。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>＞零さん<br />
更迭したとしても、歴史認識の議論すら封じられるというのは、民主主義国家とは言えませんね。この点についても田母上氏の言うとおりです。</p>
<p>＞名無し先生<br />
コミンテルン陰謀史観といふのは、実際のところどうなんでせうか。詳しくは知りませんが、戦後60年経って、体制の移り変わりとともに新資料が出てきているのは本当でせうから、歴史家には徹底的な検証を求めたいものです。イデオロギイありきで歴史を歪めるマルクス史観の偽専門家は不要です。</p>
<p>「陥城」に関する御説、非常に参考になります。成る程、対して日本は「敵国の首都を落とせば終戦（＝勝利、講和）」と、近代国家としての原則が通ずるものと考えてしまったのが悲劇だったのですね。</p>
]]></content:encoded>
	</item>
	<item>
		<title>　　 より</title>
		<link>http://www.suzaku-s.net/2008/11/2008jyusyou_saiyuusyu.html/comment-page-1/#comment-1672</link>
		<dc:creator>　　</dc:creator>
		<pubDate>Tue, 25 Nov 2008 19:55:21 +0000</pubDate>
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		<description>田母神閣下の論文に事實誤認（といふか陰謀説の類ひ）が紛れ込んであるのは、慥かである。そこまで擁護できぬ。
然し乍ら、陰謀説が生まれ得るだけの世界情勢であつたのも慥かであり、愼重に眞僞を認めねばならぬ。
帝國軍をして南京の陷城せしめた時、「城ヲ陷トス」といはば我々は文字通りにとる。然し、支那古典にある陷城とは、城内の人民を虐殺し鏖殺（みなごろしに）することである。南京大虐殺の「捏造」は、このあたりの大陸的感覺に問題があると思れる。
南京大虐殺を「捏造」と糺彈すべき我々が、陰謀説を史實と捉へて「捏造」してはならぬ。ゆゑにこそ愼重であれ、と叱咤する。

＞立憲君主制
君主制である限り、專制を敷くことは可能であるはづ。すなはち憲法停止の戒巖令を敷く場合で、これを世に革命と呼ぶことは異論ないと思れる。
小生は、共産主義革命、共和制革命などが起こりうる餘地もまた、否定しない。實現を一人その民意として（臣下として）認めぬだけである。全ての革命や超法規的手段は、場に在る當事者の問題であるからして、その齒車が廻る方向によつては革命たり得るのである。

御聖斷は、臣下が陛下の意見を伺ひ「陛下の意見と一致した物だから（お前ら反對するな）」といつて、帝國憲法の範圍内で、内閣が終戰せしめた物。そこまで内閣に力がなかつたのは嘆かはしい事態であるが、それでも猶これは「超法規的手段」ではないでせう。
勿論、先帝陛下が「あれは」と述懷なさつて居ることも承知してゐる。

敕が、憲法の規定範圍を逸脱しない限り（正確には帝國憲法第四條の【天皇ハ〔中略〕憲法ノ條規ニ依リ之ヲ行フ】に基づく限り）立憲君主であるから、其は「超法規的手段」には成り得ぬ。
また同時に、帝國憲法第三條には「神聖ニシテ侵スヘカラス」とあるので全ての責任を問ふことは不可能。この條規や第一條が、第四條の「條規ニ依リ」を否定しうる事も理解してゐるが、ここでは其を言及するに留める（それに一般には法律條文は優先順である）。
帝國憲法での立憲君主制では、統治大權は内閣に「大命降下（組閣の大命）」することで委任される。大權の行使による責任は内閣が（ひいては臣下たる國民が）請け負ふ。
誰か（君主）の爲に、といふ意識のある點が君主制の良い所であると同時に弱點でありませう。

小生は革命が嫌ひであるから、天皇機關説（ノ如キ物）を支持す。日本國憲法の「統合の象徴」と留めるだけには多少問題があり得るが、方針としては機關説の燒き直しみたいな物かなと思ふ。

confer. 大日本帝國憲法（拔萃）
第一條：大日本帝國ハ萬世一系ノ天皇之ヲ統治ス
第三條：天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス
第四條：天皇ハ國ノ元首ニシテ統治權ヲ總攬シ此ノ憲法ノ條規ニ依リ之ヲ行フ
第七條：天皇ハ帝國議會ヲ召集シ其ノ開會閉會停會及衆議院ノ解散ヲ命ス
第八條：天皇ハ公共ノ安全ヲ保持シ又ハ其ノ災厄ヲ避クル爲緊急ノ必要ニ由リ帝國議會閉會ノ場合ニ於テ法律ニ代ルヘキ敕令ヲ發ス
此ノ敕令ハ次ノ會期ニ於テ帝國議會ニ提出スヘシ若議會ニ於テ承諾セサルトキハ政府ハ將來ニ向テ其ノ效力ヲ失フコトヲ公布スヘシ
第九條：天皇ハ法律ヲ執行スル爲ニ又ハ公共ノ安寧秩序ヲ保持シ及臣民ノ幸福ヲ増進スル爲ニ必要ナル命令ヲ發シ又ハ發セシム但シ命令ヲ以テ法律ヲ變更スルコトヲ得ス

敕もまた、憲法に組み込まれてある。第七條から「帝國議會閉會」、第八條の「敕令」を發すること及び「敕令」の議會承諾を經て、第三條がこの責任を「侵スヘカラス」とする。
ただし、第九條から口答の命令では「法律ヲ變更」まではできぬ爲、これは第四條に基づき、ここに立憲君主を敷くことが確認できる。
第七條及び第八條の規定は、現在の内閣總理大臣が各大臣を罷免後に兼任できる現状に近いものがある。

憲法を逸脱しない限り、第三條は生きる。專制となる後には第三條は死文と化し、これを根據に責は無いといふことはむつかしからう。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>田母神閣下の論文に事實誤認（といふか陰謀説の類ひ）が紛れ込んであるのは、慥かである。そこまで擁護できぬ。<br />
然し乍ら、陰謀説が生まれ得るだけの世界情勢であつたのも慥かであり、愼重に眞僞を認めねばならぬ。<br />
帝國軍をして南京の陷城せしめた時、「城ヲ陷トス」といはば我々は文字通りにとる。然し、支那古典にある陷城とは、城内の人民を虐殺し鏖殺（みなごろしに）することである。南京大虐殺の「捏造」は、このあたりの大陸的感覺に問題があると思れる。<br />
南京大虐殺を「捏造」と糺彈すべき我々が、陰謀説を史實と捉へて「捏造」してはならぬ。ゆゑにこそ愼重であれ、と叱咤する。</p>
<p>＞立憲君主制<br />
君主制である限り、專制を敷くことは可能であるはづ。すなはち憲法停止の戒巖令を敷く場合で、これを世に革命と呼ぶことは異論ないと思れる。<br />
小生は、共産主義革命、共和制革命などが起こりうる餘地もまた、否定しない。實現を一人その民意として（臣下として）認めぬだけである。全ての革命や超法規的手段は、場に在る當事者の問題であるからして、その齒車が廻る方向によつては革命たり得るのである。</p>
<p>御聖斷は、臣下が陛下の意見を伺ひ「陛下の意見と一致した物だから（お前ら反對するな）」といつて、帝國憲法の範圍内で、内閣が終戰せしめた物。そこまで内閣に力がなかつたのは嘆かはしい事態であるが、それでも猶これは「超法規的手段」ではないでせう。<br />
勿論、先帝陛下が「あれは」と述懷なさつて居ることも承知してゐる。</p>
<p>敕が、憲法の規定範圍を逸脱しない限り（正確には帝國憲法第四條の【天皇ハ〔中略〕憲法ノ條規ニ依リ之ヲ行フ】に基づく限り）立憲君主であるから、其は「超法規的手段」には成り得ぬ。<br />
また同時に、帝國憲法第三條には「神聖ニシテ侵スヘカラス」とあるので全ての責任を問ふことは不可能。この條規や第一條が、第四條の「條規ニ依リ」を否定しうる事も理解してゐるが、ここでは其を言及するに留める（それに一般には法律條文は優先順である）。<br />
帝國憲法での立憲君主制では、統治大權は内閣に「大命降下（組閣の大命）」することで委任される。大權の行使による責任は内閣が（ひいては臣下たる國民が）請け負ふ。<br />
誰か（君主）の爲に、といふ意識のある點が君主制の良い所であると同時に弱點でありませう。</p>
<p>小生は革命が嫌ひであるから、天皇機關説（ノ如キ物）を支持す。日本國憲法の「統合の象徴」と留めるだけには多少問題があり得るが、方針としては機關説の燒き直しみたいな物かなと思ふ。</p>
<p>confer. 大日本帝國憲法（拔萃）<br />
第一條：大日本帝國ハ萬世一系ノ天皇之ヲ統治ス<br />
第三條：天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス<br />
第四條：天皇ハ國ノ元首ニシテ統治權ヲ總攬シ此ノ憲法ノ條規ニ依リ之ヲ行フ<br />
第七條：天皇ハ帝國議會ヲ召集シ其ノ開會閉會停會及衆議院ノ解散ヲ命ス<br />
第八條：天皇ハ公共ノ安全ヲ保持シ又ハ其ノ災厄ヲ避クル爲緊急ノ必要ニ由リ帝國議會閉會ノ場合ニ於テ法律ニ代ルヘキ敕令ヲ發ス<br />
此ノ敕令ハ次ノ會期ニ於テ帝國議會ニ提出スヘシ若議會ニ於テ承諾セサルトキハ政府ハ將來ニ向テ其ノ效力ヲ失フコトヲ公布スヘシ<br />
第九條：天皇ハ法律ヲ執行スル爲ニ又ハ公共ノ安寧秩序ヲ保持シ及臣民ノ幸福ヲ増進スル爲ニ必要ナル命令ヲ發シ又ハ發セシム但シ命令ヲ以テ法律ヲ變更スルコトヲ得ス</p>
<p>敕もまた、憲法に組み込まれてある。第七條から「帝國議會閉會」、第八條の「敕令」を發すること及び「敕令」の議會承諾を經て、第三條がこの責任を「侵スヘカラス」とする。<br />
ただし、第九條から口答の命令では「法律ヲ變更」まではできぬ爲、これは第四條に基づき、ここに立憲君主を敷くことが確認できる。<br />
第七條及び第八條の規定は、現在の内閣總理大臣が各大臣を罷免後に兼任できる現状に近いものがある。</p>
<p>憲法を逸脱しない限り、第三條は生きる。專制となる後には第三條は死文と化し、これを根據に責は無いといふことはむつかしからう。</p>
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	<item>
		<title>零 より</title>
		<link>http://www.suzaku-s.net/2008/11/2008jyusyou_saiyuusyu.html/comment-page-1/#comment-1654</link>
		<dc:creator>零</dc:creator>
		<pubDate>Wed, 19 Nov 2008 20:26:49 +0000</pubDate>
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		<description>田母神氏の論文が責められるのなら、村山談話はどうなるんでしょうか。
村山談話こそ責められるべき問題であり、真実を述べたものが更迭されるのはおかしいと思います。
検証もせずに叩いてるマスコミは日本の癌ですね。
この問題に限らず、テレビを見るたびなんとも言えない気持ちになります。。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>田母神氏の論文が責められるのなら、村山談話はどうなるんでしょうか。<br />
村山談話こそ責められるべき問題であり、真実を述べたものが更迭されるのはおかしいと思います。<br />
検証もせずに叩いてるマスコミは日本の癌ですね。<br />
この問題に限らず、テレビを見るたびなんとも言えない気持ちになります。。</p>
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	</item>
	<item>
		<title>桜木 朱雀 より</title>
		<link>http://www.suzaku-s.net/2008/11/2008jyusyou_saiyuusyu.html/comment-page-1/#comment-1650</link>
		<dc:creator>桜木 朱雀</dc:creator>
		<pubDate>Mon, 17 Nov 2008 05:30:12 +0000</pubDate>
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		<description>＞蛙さん
水を差すどころか、重要かつ詳細なご指摘ありがとうございます。確かにご指摘の通りの部分はあるかと思います。しかし「だからこそ問題」であり、「だからこそ壮挙」でもあるのではないかと思っているのです。これについては別項『&lt;a href=&quot;http://www.suzaku-s.net/2008/11/is-tamogami-event-a-national-crisis.html&quot; title=&quot;田母神事件は国防の危機か-朱雀式&quot; target=&quot;_blank&quot; rel=&quot;nofollow&quot;&gt;田母神事件は国防の危機か-朱雀式&lt;/a&gt;』でも書いたとおりですが、日頃軍人扱いせず、虐げておきながらいざ問題があれば軍人として扱うというのには少々無理があるものと存じます。

「北朝鮮が地上の楽園である」というのは、もちろん「事実」ではありえません。だからこそ、事実・真実の追究が重要な意味を持っているのではないでしょうか。

＞ろぼとさん
まさに「物言えば唇寒し秋の空」、といったところでしょうか。
そこをあえて触れられたくない人が、内容に意識的に触れずに流そうとしていますね。

＞名無し先生
含蓄あるご意見ありがとうござゐます。
私も、空将があえてこの意見を世間に発表しなければ、まず世間の関心がこの議論に振り向けられることもなかっただらうと思ひます。
今までにも「王様は裸だ」と何人もの人が叫びましたが、世間的にはことごとく黙殺されてきました。栗栖「超法規」発言のときのやうに、日本の真つ当なる歴史認識、文民統制、軍の整備などについての議論が深まることを願ふのみです。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>＞蛙さん<br />
水を差すどころか、重要かつ詳細なご指摘ありがとうございます。確かにご指摘の通りの部分はあるかと思います。しかし「だからこそ問題」であり、「だからこそ壮挙」でもあるのではないかと思っているのです。これについては別項『<a href="http://www.suzaku-s.net/2008/11/is-tamogami-event-a-national-crisis.html"  title="田母神事件は国防の危機か-朱雀式" target="_blank" rel="nofollow">田母神事件は国防の危機か-朱雀式</a>』でも書いたとおりですが、日頃軍人扱いせず、虐げておきながらいざ問題があれば軍人として扱うというのには少々無理があるものと存じます。</p>
<p>「北朝鮮が地上の楽園である」というのは、もちろん「事実」ではありえません。だからこそ、事実・真実の追究が重要な意味を持っているのではないでしょうか。</p>
<p>＞ろぼとさん<br />
まさに「物言えば唇寒し秋の空」、といったところでしょうか。<br />
そこをあえて触れられたくない人が、内容に意識的に触れずに流そうとしていますね。</p>
<p>＞名無し先生<br />
含蓄あるご意見ありがとうござゐます。<br />
私も、空将があえてこの意見を世間に発表しなければ、まず世間の関心がこの議論に振り向けられることもなかっただらうと思ひます。<br />
今までにも「王様は裸だ」と何人もの人が叫びましたが、世間的にはことごとく黙殺されてきました。栗栖「超法規」発言のときのやうに、日本の真つ当なる歴史認識、文民統制、軍の整備などについての議論が深まることを願ふのみです。</p>
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	</item>
	<item>
		<title>蛙 より</title>
		<link>http://www.suzaku-s.net/2008/11/2008jyusyou_saiyuusyu.html/comment-page-1/#comment-1624</link>
		<dc:creator>蛙</dc:creator>
		<pubDate>Sat, 08 Nov 2008 13:43:14 +0000</pubDate>
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		<description>彼の「滅私の善意と愛国心」こそが問題なのだと考えます。
もし彼が、処罰されることを覚悟の上で、世に警鐘を鳴らすべく持論を公表したのだとすれば（どうも報道を見る限りそのようですが）、それに対して当然あたかも彼のことを国のことを想う殉教者のごとく思い込む人々が必ず現れます。
そして世論の支持のもと、なし崩し的に軍令に携わる武官がそういった行為を許されるようになる、それこそ上記のごとくそれこそが大日本帝国を敗戦という最悪の結末に導いた最大の原因であったと考える次第です。
あえて極論苦言を呈するならば、私の観るところでは彼の行動は殉教者的な英雄像にあこがれた自己陶酔であり、最終的に世論から指弾されるまでに至った反日本勢力に洗脳された過激派左翼青年達の行為と、その動機付けにおいて同程度のものと考えられるのです。

また、立憲君主制という用語の解釈に相違があるようですが、立憲君主制とは単に元首として君主をいただく国家形式をあらわすに過ぎません。
聖断という用語に関しても、陛下のすべての意見表示や勅令をそれに含めてしまうならば、奉勅であるところの大陸命大海令の類はすべて聖断となってしまい、敗戦の結果責任はすべてそこに負わせられることになります。
そういった意味において私は終戦の御聖断をもって超法規的な聖断と考える立場をとるものであり、現憲法の体制では、君主による統治権の総攬と軍の統帥権が規定されていない以上、やはり聖断はあり得ないと言わざるを得ません。

もうひとつ、「事実」という言葉をあまり安易に使われない方が良いかと存じます。
戦後反日勢力の誘導によって洗脳教育がなされていた頃、その当時の若者にとっては、北朝鮮は地上の楽園であり、共産主義こそ人類の必然として行き着く先だということさえ「事実」だったからです。
そのような「事実」のおかげで祖国日本が被った被害がいかほどのものだったかは皆さんご存じのとおりでしょう。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>彼の「滅私の善意と愛国心」こそが問題なのだと考えます。<br />
もし彼が、処罰されることを覚悟の上で、世に警鐘を鳴らすべく持論を公表したのだとすれば（どうも報道を見る限りそのようですが）、それに対して当然あたかも彼のことを国のことを想う殉教者のごとく思い込む人々が必ず現れます。<br />
そして世論の支持のもと、なし崩し的に軍令に携わる武官がそういった行為を許されるようになる、それこそ上記のごとくそれこそが大日本帝国を敗戦という最悪の結末に導いた最大の原因であったと考える次第です。<br />
あえて極論苦言を呈するならば、私の観るところでは彼の行動は殉教者的な英雄像にあこがれた自己陶酔であり、最終的に世論から指弾されるまでに至った反日本勢力に洗脳された過激派左翼青年達の行為と、その動機付けにおいて同程度のものと考えられるのです。</p>
<p>また、立憲君主制という用語の解釈に相違があるようですが、立憲君主制とは単に元首として君主をいただく国家形式をあらわすに過ぎません。<br />
聖断という用語に関しても、陛下のすべての意見表示や勅令をそれに含めてしまうならば、奉勅であるところの大陸命大海令の類はすべて聖断となってしまい、敗戦の結果責任はすべてそこに負わせられることになります。<br />
そういった意味において私は終戦の御聖断をもって超法規的な聖断と考える立場をとるものであり、現憲法の体制では、君主による統治権の総攬と軍の統帥権が規定されていない以上、やはり聖断はあり得ないと言わざるを得ません。</p>
<p>もうひとつ、「事実」という言葉をあまり安易に使われない方が良いかと存じます。<br />
戦後反日勢力の誘導によって洗脳教育がなされていた頃、その当時の若者にとっては、北朝鮮は地上の楽園であり、共産主義こそ人類の必然として行き着く先だということさえ「事実」だったからです。<br />
そのような「事実」のおかげで祖国日本が被った被害がいかほどのものだったかは皆さんご存じのとおりでしょう。</p>
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	</item>
	<item>
		<title>　 より</title>
		<link>http://www.suzaku-s.net/2008/11/2008jyusyou_saiyuusyu.html/comment-page-1/#comment-1553</link>
		<dc:creator>　</dc:creator>
		<pubDate>Mon, 03 Nov 2008 19:19:08 +0000</pubDate>
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		<description>小生は、栗栖統幕議長（陸大將）の「超法規的手段」更迭を思ひだした。小生、未だこの世にあらざりし時なれど、苟も竹村健一氏の著作で知つた所である。
彼の時は、少なからず日本の國防論を變へる切掛となつた。今囘も、田母神氏の首ひとつで日本が變はれるとすれば、彼は甘んじてその代償を支拂ひ給ふと私は愚考する。

軍令に携はるなら尚更、政治的發言はすべきだらう。政治の概念が曖昧だが、我が國の憲法では立憲・行政・司法の三權を定義してゐて、これの方針をどうするかが「政治」であると私は考へる。
危險なのは實際に現場で武器を扱ふ連中を掣肘できない上に、國民がそれを疑問に思はぬことではないか。帝都不祥事なぞ二度と御免である。

事實と一般に認知されぬ内は、幾ら正論であれさうは通らない。然し、それを憂ひつつ、地道に理解を得ることは必要だ。
論文を發表することは自由であるべきだ。それが如何な内容であれ、研究とは誰しも自由に行なふべきである。「上から言はれた事だけをするな」と言ひつつ、自分から意見を呈すれば「政治に口を出すな」と批判する、何とも身勝手な論理ではないか。彼こそ官僚の鑑である。
政治とは、三權に携はる全ての者と、民主主義を信ずる全ての臣民・國民[Citizen]、それから立憲君主であるから今上陛下と共に考へてゆくべきものだ。

國民は無知であり、且つ關心はない。まづ關心を惹かせねばならぬ。それからの議論であつて、今の結論ありきの報道では、果して國益たるか疑問を呈せざるを得ぬ。


田母神氏に政治能力は無い。權謀術數渦巻く「政治」の世界では、正論だけでは生きのこれない。なぜなら政治とは妥協の産物であつて、正論より大多數の支持し得る論が通る世界だからだ。だからこそ、正論や信念を感ずる政治家及び政治發言には、その人間性に敬意を評さねばならぬ。


cf.それから、御聖斷は今でもあり得る。何故なら立憲君主だからだ。
御聖斷にも色々ある。陛下の御意嚮を伺ふ時、ただ意見を仰る時、敕を願ふ時、ただ敕・宣命を發せられる時。
御意嚮を伺つた結果、陛下の意見であるから誰も反對できないために何とか終戰できたのが、先の御聖斷である。

文民統制（シビリアンコントロール）とは、軍人が軍を統制せぬやうにする基本方針であつて、聖斷とは何ら關係がない。今や「軍人は政治的發言をするな」と解釋されてゐるさうだが、大きな間違ひである。軍人より軍事に詳しい存在は無いのだから、國防を考へるなら彼らの意見は眞摯に受け止めねばならぬ。致命の間違ひや外交上の問題があるならば、どう平衡を取るかを議院や内閣が判斷すればよい。

たとへば帝國海軍には艦隊派も居たし、條約派も居た。艦隊派は一重に軍事だけで考へれば今のままでは危險だ（早期決戰早期終戰）と主張したし、條約派は外交上の問題が在るからと主張した。どちらの意見も正しかつたけれど、それは彼らが自身の職務のみから生じる問題を主張したからだ。艦隊派は外交で解決できぬから軍事でと、條約派は戰爭で凡そ勝てぬから外交でと。この矛盾する課題を解決するのが内閣であり議院なのだ。

また、私は承認の元では文民統制は破られてもかまはぬと愚考する。軍人にも政治手腕がある者は少なからずゐて、軍事手腕も兼ね揃へてあれば常に最前線に出れるからだ。
軍ならずとも組織で大切なのは適材適所であつて、かつての眞珠灣攻撃に於いて山本大將（元帥閣下、作戰立案者）が忙しいからと代はつて南雲中將が派遣された二の轍は踏んではならぬ。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>小生は、栗栖統幕議長（陸大將）の「超法規的手段」更迭を思ひだした。小生、未だこの世にあらざりし時なれど、苟も竹村健一氏の著作で知つた所である。<br />
彼の時は、少なからず日本の國防論を變へる切掛となつた。今囘も、田母神氏の首ひとつで日本が變はれるとすれば、彼は甘んじてその代償を支拂ひ給ふと私は愚考する。</p>
<p>軍令に携はるなら尚更、政治的發言はすべきだらう。政治の概念が曖昧だが、我が國の憲法では立憲・行政・司法の三權を定義してゐて、これの方針をどうするかが「政治」であると私は考へる。<br />
危險なのは實際に現場で武器を扱ふ連中を掣肘できない上に、國民がそれを疑問に思はぬことではないか。帝都不祥事なぞ二度と御免である。</p>
<p>事實と一般に認知されぬ内は、幾ら正論であれさうは通らない。然し、それを憂ひつつ、地道に理解を得ることは必要だ。<br />
論文を發表することは自由であるべきだ。それが如何な内容であれ、研究とは誰しも自由に行なふべきである。「上から言はれた事だけをするな」と言ひつつ、自分から意見を呈すれば「政治に口を出すな」と批判する、何とも身勝手な論理ではないか。彼こそ官僚の鑑である。<br />
政治とは、三權に携はる全ての者と、民主主義を信ずる全ての臣民・國民[Citizen]、それから立憲君主であるから今上陛下と共に考へてゆくべきものだ。</p>
<p>國民は無知であり、且つ關心はない。まづ關心を惹かせねばならぬ。それからの議論であつて、今の結論ありきの報道では、果して國益たるか疑問を呈せざるを得ぬ。</p>
<p>田母神氏に政治能力は無い。權謀術數渦巻く「政治」の世界では、正論だけでは生きのこれない。なぜなら政治とは妥協の産物であつて、正論より大多數の支持し得る論が通る世界だからだ。だからこそ、正論や信念を感ずる政治家及び政治發言には、その人間性に敬意を評さねばならぬ。</p>
<p>cf.それから、御聖斷は今でもあり得る。何故なら立憲君主だからだ。<br />
御聖斷にも色々ある。陛下の御意嚮を伺ふ時、ただ意見を仰る時、敕を願ふ時、ただ敕・宣命を發せられる時。<br />
御意嚮を伺つた結果、陛下の意見であるから誰も反對できないために何とか終戰できたのが、先の御聖斷である。</p>
<p>文民統制（シビリアンコントロール）とは、軍人が軍を統制せぬやうにする基本方針であつて、聖斷とは何ら關係がない。今や「軍人は政治的發言をするな」と解釋されてゐるさうだが、大きな間違ひである。軍人より軍事に詳しい存在は無いのだから、國防を考へるなら彼らの意見は眞摯に受け止めねばならぬ。致命の間違ひや外交上の問題があるならば、どう平衡を取るかを議院や内閣が判斷すればよい。</p>
<p>たとへば帝國海軍には艦隊派も居たし、條約派も居た。艦隊派は一重に軍事だけで考へれば今のままでは危險だ（早期決戰早期終戰）と主張したし、條約派は外交上の問題が在るからと主張した。どちらの意見も正しかつたけれど、それは彼らが自身の職務のみから生じる問題を主張したからだ。艦隊派は外交で解決できぬから軍事でと、條約派は戰爭で凡そ勝てぬから外交でと。この矛盾する課題を解決するのが内閣であり議院なのだ。</p>
<p>また、私は承認の元では文民統制は破られてもかまはぬと愚考する。軍人にも政治手腕がある者は少なからずゐて、軍事手腕も兼ね揃へてあれば常に最前線に出れるからだ。<br />
軍ならずとも組織で大切なのは適材適所であつて、かつての眞珠灣攻撃に於いて山本大將（元帥閣下、作戰立案者）が忙しいからと代はつて南雲中將が派遣された二の轍は踏んではならぬ。</p>
]]></content:encoded>
	</item>
	<item>
		<title>ろぼと より</title>
		<link>http://www.suzaku-s.net/2008/11/2008jyusyou_saiyuusyu.html/comment-page-1/#comment-1547</link>
		<dc:creator>ろぼと</dc:creator>
		<pubDate>Mon, 03 Nov 2008 13:09:27 +0000</pubDate>
		<guid isPermaLink="false">http://www.suzaku-s.net/?p=869#comment-1547</guid>
		<description>これも、最近の正論を言ったら「失言」というものですよ。

今回の場合、論文の内容に嘘は書いていない。事実は事実なのだ。
「失言」というものが「国家公務員としての立場上の失言」という意味にしないと、ただの言論統制。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>これも、最近の正論を言ったら「失言」というものですよ。</p>
<p>今回の場合、論文の内容に嘘は書いていない。事実は事実なのだ。<br />
「失言」というものが「国家公務員としての立場上の失言」という意味にしないと、ただの言論統制。</p>
]]></content:encoded>
	</item>
	<item>
		<title>蛙 より</title>
		<link>http://www.suzaku-s.net/2008/11/2008jyusyou_saiyuusyu.html/comment-page-1/#comment-1539</link>
		<dc:creator>蛙</dc:creator>
		<pubDate>Mon, 03 Nov 2008 07:23:37 +0000</pubDate>
		<guid isPermaLink="false">http://www.suzaku-s.net/?p=869#comment-1539</guid>
		<description>水を差すようで申しわけないのですが、これはいけません。この問題に関しては更迭はおろか馘首、罪科処罰でも良いぐらいだと思います。

そもそも同じ軍関係者であっても、軍政に携わる者でなく軍令に携わる者、それも軍を指揮する立場にある軍人が個人の政治的意見を公器に公表するようなことは厳に慎まなければなりません。
ましてその意見がある程度以上世論に受け入れられるものならなおさら、もってのほかです。
軍令に携わる者は上官と、そのさらに上官といえる国家国民に対して、厳格な命令系統に基づく責任を負っているのです。

実際に日華戦や先の大戦においては、軍令に携わる軍人達が憂国心に駆られたあげくに、こういったかたちの世論の支持と統帥権の独立をたてに現役のまま軍政の指導者を兼ね、最終的には行政立法の主導権まで握った結果、
「個々の戦闘の勝利が作戦の勝利につながり、個々の作戦に勝ち続けることが（政治的行為である）戦争の勝利をもたらす」
という実に政治素人の軍人らしい単純な論理で戦争指導が行われ、無条件降伏という形で悲惨な敗戦をもたらしました。
しかも国の滅亡という最悪の事態を避けられたのは軍関係者のおかげではなく、ひとえに超法規的な聖断にかかっていたのはよく知られているところです。

現憲法下では聖断はありえません。だからこその文民統制なのであり、彼の行為は武官としての立場をわきまえない亡国の行為なのです。


無論、彼が退役して一般人、もしくは議員や軍政側の防衛大臣なり何なりとなってこの発言をするなら何ら問題はありません。
元軍司令官の発言としてそれを不快に思う者もいるでしょうが、現役武官でない以上議論討論の対象となることこそあれ、それを一方的に責めることは誰にもできません。これは言論の自由の問題です。

ですから、この問題を歴史認識や史観の問題にすり替えて、
「当然、わが国は中国について、侵略をしたというか、迷惑を掛けたことは間違いない。韓国、朝鮮を植民地支配したことも間違いない。（論文は）私が認識している事実とは違う」（直嶋正行）
「参院で深く掘り下げて、二度とこのような発言をする人が政府の中にいなくなるよう戦っていく」（鳩山由紀夫）
などと発言する野党の行為は幼稚なまでに的外れな、選挙目的の単なる卑劣なアジテーションにすぎず、まともに反論する対象にもなりません。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>水を差すようで申しわけないのですが、これはいけません。この問題に関しては更迭はおろか馘首、罪科処罰でも良いぐらいだと思います。</p>
<p>そもそも同じ軍関係者であっても、軍政に携わる者でなく軍令に携わる者、それも軍を指揮する立場にある軍人が個人の政治的意見を公器に公表するようなことは厳に慎まなければなりません。<br />
ましてその意見がある程度以上世論に受け入れられるものならなおさら、もってのほかです。<br />
軍令に携わる者は上官と、そのさらに上官といえる国家国民に対して、厳格な命令系統に基づく責任を負っているのです。</p>
<p>実際に日華戦や先の大戦においては、軍令に携わる軍人達が憂国心に駆られたあげくに、こういったかたちの世論の支持と統帥権の独立をたてに現役のまま軍政の指導者を兼ね、最終的には行政立法の主導権まで握った結果、<br />
「個々の戦闘の勝利が作戦の勝利につながり、個々の作戦に勝ち続けることが（政治的行為である）戦争の勝利をもたらす」<br />
という実に政治素人の軍人らしい単純な論理で戦争指導が行われ、無条件降伏という形で悲惨な敗戦をもたらしました。<br />
しかも国の滅亡という最悪の事態を避けられたのは軍関係者のおかげではなく、ひとえに超法規的な聖断にかかっていたのはよく知られているところです。</p>
<p>現憲法下では聖断はありえません。だからこその文民統制なのであり、彼の行為は武官としての立場をわきまえない亡国の行為なのです。</p>
<p>無論、彼が退役して一般人、もしくは議員や軍政側の防衛大臣なり何なりとなってこの発言をするなら何ら問題はありません。<br />
元軍司令官の発言としてそれを不快に思う者もいるでしょうが、現役武官でない以上議論討論の対象となることこそあれ、それを一方的に責めることは誰にもできません。これは言論の自由の問題です。</p>
<p>ですから、この問題を歴史認識や史観の問題にすり替えて、<br />
「当然、わが国は中国について、侵略をしたというか、迷惑を掛けたことは間違いない。韓国、朝鮮を植民地支配したことも間違いない。（論文は）私が認識している事実とは違う」（直嶋正行）<br />
「参院で深く掘り下げて、二度とこのような発言をする人が政府の中にいなくなるよう戦っていく」（鳩山由紀夫）<br />
などと発言する野党の行為は幼稚なまでに的外れな、選挙目的の単なる卑劣なアジテーションにすぎず、まともに反論する対象にもなりません。</p>
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