小室哲哉の何が凄かったか
小室哲哉はもともと毀誉褒貶の激しい人だった。
90年代、彼は時代の寵児として、あまりに売れすぎたからだろう。
だが、だからと言ってここにきて、彼が凋落したからといって、まるでこれまでの仕事が全部偽物だったかのように「詐欺師」「インチキ野郎」と罵倒するインチキには我慢がならないのだ。(いや、詐欺師は本当だけど)
小室哲哉の目を覆わんばかりの今の惨状はおいておいて、小室哲哉は紛れもなく奇跡の作曲家だった。ハズレ曲や小手先の曲も確かにあったと思う。しかし小室哲哉のつむぎ出したヒット曲のうち何曲かは、紛れもなく本物だったし、今でも高い芸術的価値を持っていると断言したい。
例えば次のような意見は、代表的な、そして無理解な意見の典型である。
私はJ-POPはラジオで流れている以外は聞かないので、彼の音楽についてコメントする資格はないが、知っている範囲でいうと、彼の曲のどこがいいのかわからない。コメントしたのは「音楽的には無価値なものをマーケティングだけで売れると錯覚したんじゃないか」ということだ。
(小室哲哉シンドローム – 池田信夫 blog)
マーケティングは万能ではない。良いものを良いプロモーションで売ることはできるが、悪いものを良いものと見せかけることはそれほど成功しない。実際、全盛期の小室ワークスの中には箸にも棒にもかからないものもあったし、ガールズネクストドアは売れない。
また、小室哲哉を評価しようとする人にしても、正しく評価できているとは限らない。
「僕はちゃんとわかってますけど」って言いながら、小室は多分ほとんど全部わかってない。
サルソウルを「マイナーですね」と言ってしまうと、そもそもガラージって何よ? って話になる。ガラージ=サルソウルだろう。まあ、それはいい。
(中略)極めつけのひとことを小室が吐く。「もうだんだんテクノなんて呼べない音には、なってきましたけどね」
最後の一言で、小室がハウスとテクノの違いすら理解していないことが判明。ガラージ云々以前の段階でしたな。
まあ、これだけダンスミュージックの知識のないプロデューサーも普通いないだろう。基本的に小室哲哉を、海外の最新のダンスミュージックを取り入れて音楽を作り続けた作曲家とかいう解釈は間違っているよね。少なくとも、80年代末にロンドンに渡り、最新の音楽(レイブ)を持ち帰り、trfを生み出したというアエラの現代の肖像のような解釈は違う気がする。
(略)
さて、これは「コムロ、音楽知らないな」と彼の無知を笑うために持ち出したエピソードではない。違うよ! 全然違うよ!こういった海外の新旧ダンスミュージック(というかブラックミュージック全般か)の知識とは無縁のところで鎖国的な知識環境で音楽を作り続け、しかも世間に届きまくったところが、小室の才能だったんだよ。洋楽からのあからさまなパクリとかがあまりないのもJポップのクリエイターとしての小室の特長のひとつなんじゃないだろうか。
(小室哲哉の名言「今年はレイヴが来る」を振り返る – 【B面】犬にかぶらせろ!)
アエラ的な「海外のクラブミュージックの伝道者」的な解釈は論外として、音楽ジャンルにそれほど明るくなかった、という指摘も、小室哲哉の作曲家、音楽プロデューサーとしての才能にさして影響を与えるものではない。
ここで引用されてる対談は、確かにトホホな感じで面白くはあるが、さすがに速水さんはそれだけでは終わらせず、「自力で世間に届く音楽を作り続けたこと」が小室哲哉の才能だった、と分析している。
ではなぜ、小室哲哉の音楽は世間に届いたのか?
その頃の「ごっつ」スタッフにとって――と言うより芸能界に関連していた全ての人々にとって、小室哲哉はまごうかたなきスターであった。ヒーローであり、カリスマだった。彼は、内田樹の言葉を借りるなら、誰よりも「人を見る目」があった。タレントの、『その人が「これからするかもしれない仕事」について』、誰よりも高い見識で見通すことができ、しかもそれをビジネスに結びつけることができたのである。
(小室哲哉は「人を見る目」のある人間だった – ハックルベリーに会いに行く)
この分析も、小室哲哉を誉めてはいるんだけどちょっと違うような気がする。意地悪な言い方をすれば、人を見る目のある人間があんなとっかえひっかえ結婚して離婚して、詐欺師に身包みはがれて騙されて著作権を手放したりするだろうか。
それに、いくら雰囲気や衣装や世界観をプロデュースしても、メロディがダメだったら売れない。
そう、メロディなのだ。小室哲哉が真に素晴らしいのは、ひとえにその卓越したメロディメイカーとしての才能による。
大衆はリズムやジャンルで音楽を聴いたりしない。メロディの美しい曲だけが多くの人の心を惹きつけ、歌い継がれる曲になる。
これらの美しい曲が流れても、もはや小室哲哉に1文も入ることはないが、曲自体は彼が死んだ後にも残っていることだろう。
get wild
my revolution
WOW WAR TONIGHT – H jungle with t
Feel like dance – globe
FACE -globe
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平成20年12月17日 at 10:31 AM
桜木さん、おはようございます!
あれほど“ベタ”で“説教くさい”歌詞も、あのメロディに乗ってやすやすと心の垣根を越えてくるんですよね……
“My Revolution”が主題歌だった、「セーラー服通り」の石野陽子はかわいかったな(笑)
平成21年2月7日 at 6:41 PM
やはり大衆に支持される第一条件はメロディの美しさです。
それに、詩人の岡本さんに言うのもなんですが、いやいやなかなかどうして説教以外の歌詞でもいいものがありましたよ。たまに小室哲哉の詩がすごくいい
平成21年2月21日 at 3:23 AM
そうです。まさにその通りです。メロディがほぼ全てです。
音楽知識のある人ほどアレンジがどうだの転調がどうだのいいますが、
そんなものははっきりいって問題じゃない。全てはメロディなんです。
そのことに触れてる人が全然いないのが不思議でしょうがない。
だからあなたのブログを見て思わず書き込んでしまいましたよ(笑)。
全盛期の小室さんはメロディの配置が絶妙だった。
93年、trfのEZ DO DANCEからglobeのFACEあたりまで。
もう奇跡といっていいくらいです。
1回聴いただけでもわかるんですね。これは売れると。
普通、ヒット曲(当時でいうミリオン、現在だと50万程度)なんて10年に1回作れればいい方です。
5年に1回作れる人は大御所になれます。(サザンやユーミンなど)
それをこの人は4年間で10数曲作ったでしょう。こんなのただの流行だけではここまで売れませんよ。
明らかにメロディの出来が卓越していたからです。こんな人、他にいません。
好き嫌いはともかく、この異常なまでのメロディセンスのよさは認めざるを得ないでしょう。
浜ちゃんのWOW WAR TONIGHTも、ジャングルだのジャングルじゃないだのって話になりがちですが
そんなのどうだっていいでしょう。あれは非常によくできたフォーク歌謡ですよ。純粋に曲がいい。
アレンジをアコギにすれば吉田拓郎が歌ってても違和感ないです。
松山千春もその曲だけは褒めてましたしね。
売れる曲ってそうそうは作れないですよね。例えばカノンコードがありますよね。
よくカノンコード使ってるんだから売れて当然だなんていう人がいますけど、絶対違いますよね。
カノンコードなんか使ったって売れないものは売れない。そういう問題じゃないんですよね。
メロディの配置、展開が良くなきゃ何使っても売れないんです。
どうも音楽に詳しい人ほど、こんな簡単なことがわからないような気がしますね。
それともそれは前提の上で話してるのでしょうか。そうとも思えないんですが。
しかし、あんなに次から次へと良曲を出してるから、もう売れる曲のコツとか極意みたいなものを
完璧につかんだのかと思いましたが、それは無理だったんですね。
そんな人、今まで一人もいないでしょうね。
ある時期、それに近い境地にたった人ならほんの一握りいるでしょうが。
そのひとりが小室さんだったと思います。
平成21年2月23日 at 11:35 PM
そうそう、そうなんですよ。評論家とか、なまじ音楽に詳しい人ほどそこを見失ってしまう気がしますが、音楽は旋律でほぼ決まってしまいますよね。メロディが悪いのに売れる歌なんてまずありません。
ちょっと前に、「売れてる曲はみんな同じコードを使ってる」という動画が話題になって、「ほんとだ!ほんとだ!」と騒がれていましたが、「だから何…」って話ですね。
そんなこと言ったら、「四コマ漫画はみんなコマ数が一緒だからパクリだ」「芭蕉の俳句はみんな文字数が同じだから同じだ」なんていう論理がアリになってしまう。
小室さんは本当に偉大なメロディメーカーでした。