田母神論文事件に対する、代表的な批判として、
「田母神論文は、立場を忘れた軽率な行動だ」
というものがあります。
論文の内容はともかく、あのような地位にある人間が、ああいった政治的意図を持った論文を発表するのが問題だ、という指摘です。
彼は、この論文がどんな結果になるか、全く考えもしないで軽率に応募したのでしょうか。
それとも、まさか大賞をとって発表されるなんて考えもしなかったのでしょうか。
いえ、実は田母神氏は、事前に主催側から「本当に大丈夫か」と念を押されていました。
田母神(たもがみ)俊雄・前航空幕僚長(60)(10月31日付で航空幕僚監部付)が、昭和戦争などに関して投稿した論文の内容を巡って更迭された問題で、田母神氏の論文を最優秀賞に選ぶ際、審査委員から「この論文を選出して、空幕長の立場は大丈夫なのか」との懸念が示され、主催者側が本人に確認を取っていたことが1日、わかった。
審査委員長の渡部昇一・上智大名誉教授によると、主催者側からはその後、「(本人から)大丈夫との確認を得た」との説明を受け、田母神氏の作品を最優秀賞に選んだという。
(前空幕長が論文受賞を事前承諾、主催者「本人から確認」 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞))
このような物議をかもし、更迭、処罰されて当然とする声もありますが、おそらく本人はそれも覚悟の上でこの行動に踏み切ったのでしょう。
かつて1978年に、当時の栗栖統幕議長が「もしものときは超法規的に行動せざるを得ない」と発言して更迭される事件がありましたが、今回の「田母神論文事件」は、それ以上にわが国の防衛論議、歴史認識論議を活性化させることになるでしょう。
実際、事件報道という形ながら各全国紙の一面に「日本は侵略国家ではない」「蒋介石によって日中戦争にひきずりこまれた被害者」「中韓以外のアジアの国々は大東亜戦争に感謝している」といった主張が掲載されたのですから、現在も続く戦後体制の、東京裁判マインドコントロール状況に一石を投じるという目的は、完全に達成されたと言えるのではないでしょうか。
自衛隊は、たとえ亡国の武装ゲリラが攻撃してきても、こちらに被害が出るまで反撃できません。
また、向こうが自動小銃でこちらにロケットランチャーしかなかったら反撃できません。過剰防衛になるからです。
こんな防衛体制でいいのでしょうか。
わが国の「アジア外交」は、十年一日のごとく「過去の謝罪と反省」「植民地化の苦しみ」「侵略責任」「日本の軍国主義」を言い募る中韓に、際限なく土下座をして金を送り続けるのみです。
こんな「アジア外交」でいいのでしょうか。
この論文は、現在一応の政府見解となっている「村山談話」に反するということも問題です。
では、なぜあの世紀の与太話、村山談話の内容について改めて論じようとしないのでしょうか。
わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私(村山富市)は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。
(村山総理大臣談話)
これは、当時の村山総理大臣の「談話」と言う形で発表された見解です。今見てみても、あまりに偏向していて、これが日本の国家としての統一見解だと思われることは大きな問題があります。
麻生総理は村山談話の「踏襲」を明言してしまいましたが、これは明らかな誤りです。
今こそ、村山談話(ついでに河野談話)を抜本的に見直し、日本が日本国としての真っ当な国家間、歴史観をもって、国難に立ち向かうべきときなのではないでしょうか。
極東の火薬庫、朝鮮半島と支那大陸の情勢は、日本の空想的平和主義をこれ以上許してはくれないかもしれません。
(櫻木)
現在、日本国として村山談話をひっくり返すのは難しいです。
外交の継続性と国としての一貫性を維持しないとならないから。
これをひっくり返すと国家として他国に対する日本の信用と信頼が失われます。
村山談話は既に小泉総理により2005年4月22日のアジアアフリカ会議でのスピーチで
その踏襲を述べられており、単純に村山談話だけを否定することは出来ないのです。
その小泉総理のスピーチはその前段階として中国韓国から日本はこれまで国際社会で
先の戦争について謝罪したことが一切ないと騒いで国際会議の場で日本に改めて土下座
させようとしていたという謀略染みた状況があり、その下で局面を打開すべく行われた
ものです。
小泉総理のスピーチはそうした状況の中で①日本は既に村山談話に示されるように
「『アジア諸国』をはじめとしご迷惑をかけた諸国に謝罪している」と述べ、中韓の日本に
対する非難は言いがかりであると示し、また②日本が既に謝罪していることをアジアアフ
リカ会議に参加して諸国に証人となって貰い、③これ以降中韓から同じような非難が起こ
らないよう未来に渡り予防することを狙いとして行われたものです。
よって以降の日本国総理は村山談話と小泉スピーチを踏襲して常に中韓からのこの手の
論難を予防するという態度をとることが求められるわけです。
もし村山談話を見直すとするなら、非常に用意周到に時機状況を見計らった上で是まで
の日本の姿勢と齟齬を来さないように行う必要があると思います。状況を見てみるに現在
そうした状況には無いように見えますね。
◎2005年4月22日アジアアフリカ会議での小泉総理のスピーチ
http://www.kantei.go.jp/jp/koizumispeech/2005/04/22speech.html
◎当時の状況をウォッチしていた2chスレ(当時の雰囲気を味わうにはいいかと)
http://yas2.hp.infoseek.co.jp/log3/koizumi-109.htm
>nisekuroさん
ニセクロさんですか!?おひさしぶりです!(人違いでしたら初めまして)
でも例えば米大統領とかは代替わりしたら「ベトナム戦争失敗だった」とか、前の大統領の談話や国策を否定しますよね。
「村山談話」は単なる談話です。問題は、「謝罪していない」「謝罪せよ」という中韓の言いがかり的な非難にちゃんと対応できなかったためであり、村山談話を利用して行なわれた「小泉スピーチ」は、譲歩によって成功を納めたようでいて、大局的に見ると国益を損なうものだったのではないかなあ、と思います。
謝るべきでないところ、そもそも謝らなくていいことを謝ってしまったのが村山談話、河野談話です。これを踏襲しないと日本の外交がたちゆかないというのであれば、そもそもその立脚点がおかしいと思います。
ひっくりかえすとしたら、充分に状況を見計らって、用意周到に、というのはそのとおりだと思います。村山談話発表時の社会党のように、用意周到に行なうべきでしょうね。
ども。そのニセクロです。ご無沙汰してます。
米国の場合は今の戦後体制トップにいる覇権国家プレーヤーなので日本と同列に論じられませんて。
また日本は首相がどんだけコロコロ変わろうと変わらぬ揺るぎ無い一貫したプレイで信任得るやり方を
採ってるんで、やっぱそこは外せない所じゃないかと。
日本の場合は国際連盟の五大国の一角でありながらその体制を崩壊させて世界大戦を引き起こし
連合国に討伐された謀反人という立場ですからね。今の国際秩序の下では謀反を企んでないことを
いつも立証しなきゃならない身の上にあるんだと思ってます。しかも外様だし。
そういう背景から村山談話の単純な否定は戦後体制の転覆を図ってると受け取られかねないのです。
それについて米国は非常に神経質で、「戦後レジームからの脱却」を掲げた安倍総理に対して米国は
警戒レベルを引き上げ、かなり冷淡な態度をとってました。
これについては一発逆転の秘策などあるわけもなく、100年から200年位ずーっと特定亜細亜諸国が
今の体制を崩壊させて王朝転覆が起きるまで我慢比べなんだと思ってます。
一番楽で簡単なのはどっかが世界大戦引き起こして日本が勝ち組の側で活躍することですけど。
あと全然関係ないけど初音ミクいいよね。
みくみくとかメルトとかハトとかぶち抜け2008とか色々PVとか。
それでユリイカが別冊で初音ミク特集出してるのを見て笑った。なんぞこれ。
なるほど、さすがに三国志の研究家の視点は参考になります。
ただ、そもそも社会党政権「村山談話」事態が、日本の揺るぎないプレイと言えないんじゃないかなーとも思います。
外様は外様でも、討伐されて恭順する長州ではなく、軍備を蓄えて外交力を発揮する薩摩になってほしいと思います。そしていつしか倒幕を!
僕は史家であるニセクロ先生のように長大な思考をもてないので、自分が生きているうちに戦後体制の覆るところを見てからでないと死ねません!
初音ミクとか本当に関係ないので最後で笑った。テキストサイトは廃れたが、インターネットは今日もおもしろい。