格闘技

――「偽」の1年、さようなら。2008年、正しい格闘技界に戻りました。」(格闘技通信)

――「世直しキック」(ニコニコ動画のタグ)

大晦日の話になるが、久しぶりに胸のすくものを見た。『やれんのか!』、三崎vs秋山(ヌル山)の一戦である。色々な意味で注目されたこの一戦は、三崎がキック一閃、秋山の鼻っ柱を折って完勝するという結果に終わった。今どき、あれほどきれいな勧善懲悪劇は、時代劇の中にしか存在しない。内藤vs亀田以上に「国民の期待に応えた」一戦だったといえるだろう。

秋山(ヌル山)を許さない

そもそも、どうして秋山がここまで悪役扱いされているのか、僕が蛇蝎の如く嫌っているのか、多少の説明が必要かもしれない。

秋山は、柔道時代から「ヌルヌル」で有名だった。本人いわく「わざと洗剤(柔軟仕上げ剤)を残して滑りやすくして、試合を有利に進める」とのことらしいが、こんなことを本気で考えて実行する辺り、柔道以前に人としておかしい。世界大会では、対戦相手国全部から「道着がヌルヌルする」と抗議されるという異常事態が発生し、道着を取り替えて以降は全敗し、日本代表への道は閉ざされた。…閉ざされて幸いである。

プロ格闘技に転向した秋山は、一昨年(2006年末)、PRIDE陣営から参戦した名選手 桜庭を相手に、格闘史上に残る卑劣な反則を犯した。
プロレス出身でタックルの得意な桜庭のために、全身に掴み防止のためのクリームを塗りたくり、グローブはルールに定められている公式グローブではなく、中に硬くて重いものを詰めて細工したグローブで試合に臨んだのだ。


↑この異様な滑り方。そして、殴り方を見て欲しい。もし何も入っていなかったとしたら、こんな手のひら(手刀部分)でペシペシ叩くような打撃で、桜庭の顔がここまで異様に腫れ上がるはずがない。

秋山の変形グローブ

秋山の変形グローブ

この、小指側がふくれあがった奇妙なグローブが、桜庭の命を奪おうとしたのである。(すっごい滑るよ! – 異常グローブ問題参照)

試合後は「多汗症だから」等と人を食った言い逃れをしていた秋山側も、映像にハッキリ写っていたのでクリームの使用をしぶしぶ認めたが、メリケングローブの件はとうとううやむやのまま終わってしまった。桜庭サイドもそれ以上表沙汰にしなかった。それもそのはず、あんなもので人を殴っていたことが明らかになれば暴行傷害罪が成立、悪くすると殺人未遂。『K-1』という格闘イベントは、PRIDE以上にあっさりと消えてなくなるだろう。

格闘技の未来のため、桜庭は涙を飲んだのである。

そして、これまでの試合や、この三崎との試合の内容を見て確信した。

認めたくないが、秋山は、強いのである。

何をどうしたのかは知らないが筋肉も異様に発達しているし、動物的な打撃のカンがある。秋山は強い。だからこそ許せないのだ。普通にやれば強いのに、堂々と試合をすればいいのに、どうして卑怯なまねをして日本柔道の品位を貶める? どうして下劣な反則で桜庭の選手生命を縮め、多くの人々を裏切った? お前、ふざけるなよ、と。 (柔道は弱かったけど)

天晴れ、三崎


↑ 8:10、世直しキック。

そんな秋山が完膚なきまでに叩きのめされたリング上には、PRIDEの統括本部長である高田の姿があった。三崎を激賞していた。弟子である桜庭の仇を撃った格好になったわけで、やはりあの一件には高田も腹に据えかねる思いがあったのだろう。

試合後、帰ろうとする秋山を引きとめ、セコンド陣を押しやり、三崎はマイクでこう語った。

「秋山! お前は去年ここで、たくさんの人と、子供達を裏切った! 俺は、絶対に許さない。
…しかし今日試合をして、お前の心が俺にも届いた! だからこれからは、またリングの上で沢山の人達と子供達に、お詫びと誠意の気持ちを込めて、戦ってほしい。どうですか、皆さん!」

素晴らしい。これで秋山に対するブーイングも、「ザマアミロ」という冷たい視線もなくなった。悪役が叩きのめされただけで終わらせず、改心を促し、今後はあのように激しいブーイングを受けずに選手活動がしていけるようにとの、細やかな心遣いに溢れる言葉ではないか。芝居がかっていて暑苦しいのもご愛嬌である。

そして咆哮。
「日本人は強いんです!」「柔道最高!」
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トランクスには「愛国心」の文字。天晴れである。日本男児の本懐、ここにあり。

スポーツへの道は閉ざされた

…で終われば「いい試合だった」「偽の1年さようなら」でスッキリと終われるんだが、この試合がノーコンテストになってしまった。蹴りを放った瞬間、秋山が両手を着いていたので反則ではないか、と訴えたらしい。
しかも、なぜか三崎との再戦まで決まってしまった。あの正義は全くなかったことにされたのである。

TBSとしては、ここで秋山が負けたままでは、今までムリなブックや反則の隠蔽でチャンピオンにまでした秋山の商品価値が下がる、という事情と、もう一度やればまた金が儲かる、という打算が働いたのだろう。もうそんな姑息な金勘定はまっぴらだ。本当にTBSは腐った放送局だ。

そもそも、秋山なんていう亀田と比べ物にならないくらいに品性下劣な人間を祭り上げてしまった所からしてTBSに誤算があったわけだし、格闘ファンが見たいのは、いい試合、それのみである。いちいちそんな遺恨とか民族主義とか(K-1は「韓国の○○」が本当に大好きである)、芸人とか曙とか、どうでもいいのだ。

見せ掛けの視聴率主義者の谷川は、曙vsボブサップに代表されるように、とりあえず衆目をパッと集めるようなカードばかり組む。本人も「試合の内容や結果自体には興味がない」と言っていたが、そんな人間が興行を仕切っていてはつまらないのも当たり前。しかもTBSが放送してパチンコ企業がスポンサーじゃ、なんだかヌルヌルするのも当たり前である。

だが、谷川の一般人頼みの視聴率も、これからはだんだん下がっていくだろう。偽者は、いつか見抜かれる。パッと見面白そうな組み合わせをいくら集めたところで、中身が偽者では、コアなファンも一般人もやがて離れていく。普段格闘技を見ない人でも、本物の試合を見れば、30秒で「これはマジだ」と気付く。我々は、ジョシュvsノゲイラのような、ハイレベルなテクニックの応酬とヒリつくような緊張感のある試合をもっと見たいのだ。

しかしPRIDEも消滅し、K-1はあの体たらく、UFCは地上派で入らないのでは、もうだめだ。15年前から育てられてきた格闘技ブームが、「ブーム」ではなく定着するには、プロレスまがいの興行ではなく、「真っ当なスポーツ」としての新生という道しかないと思うのだが、谷川がそこに気付くことは一生ないのだろう。さようならK-1。さようならPRIDE。三崎、最後にありがとう。

(櫻木)