よく、「台湾は親日的だ」と言われます。学校で「日本は戦争責任でアジア中から敵視されている」と教わった人たちは、台湾の親日の理由が分からず、戸惑ってしまいます。かつての僕もそうでした。日本人が台湾人に「日本が悪いことをしてごめんなさい」と謝って「とんでもない」と逆に説教されるようなこともあると聞きます。
では、台湾はなぜ親日なのか。日本の立場から、台湾の歴史をもとに考察してみることにします。
近代以前の台湾
台湾は、かつては原住民と福建省からの移民や流民、倭寇などが争いを続けているような孤島だった。オランダ人が植民地にしたこともあったが、シナからの移民と原住民を対立させる支配形式をとったため、台湾の文化や国籍意識は育たなかった。
日清戦争の結果、台湾は日本に統治されることになった。大日本帝国成立後、初めての領土獲得に日本人は喜んだが、当時の日本の国力から言うとこれはやや過分な戦利品で、台湾総督になった乃木大将は「乞食が馬をもらったようなものだ」と述懐している。
台湾には、風土病や原住民の反乱が多く、清は「化外の地」(文化・文明の範囲外)としてまともに統治することをあきらめていた。ヨーロッパから持ち込まれたアヘン吸引の悪臭もはびこり、土地も人心も荒れ果てていたのだ。
日本統治時代
そこにやってきた日本は、列強国の優等生として世界にアピールすべく、また持ち前の日本精神を発揮して、台湾の教化改造に乗り出した。列強各国の搾取型植民地支配を目の当たりにしていた日本は、「内地延長主義」として、獲得領土を日本国内と同じように扱うという、欧米列強とは正反対の政策をとった。
まず最初に日本が力を入れたのは教育だった。日本から優秀な教育者を派遣し、台湾中に学校を建て、教育自体と同時に、物事を学ぶ姿勢を根付かせた。1904年に3.8%だった台湾児童の進学率は、1944年には71.3%にまで向上した。
児玉源太郎の時代には、後藤新平の尽力によってアヘン吸引の習慣が根絶され、各地に病院が建設され、「解決不能」と言われていた台湾の衛生状況は一新した。
また明石総督の指示によって、アジア最大級の水力発電所が作られ、電気は台湾中に通うようになった。
八田與一の作ったダムは、水害と干害とで不毛の地だった嘉南の平野を、アジアの穀倉地帯に作り替えた。
こうした台湾のインフラ整備に意欲を傾けた偉人達と、台湾全土で忠実に任務にあたった警察官や学校教師達のおかげで、台湾人は次第に日本人を敬愛するようになっていった。
国民党の圧政
戦後、台湾には大陸で敗れた国民党がやってきて支配することになった。台湾人は、当初は同じ漢民族である中華民国を歓迎するつもりだったが、軍規粛正な日本軍とのあまりの落差にショックを受けることとなる。
その民度の低さは、台湾人への略奪、暴行、役人の賄賂要求はもちろんのこと、水道を見て仰天し、金物屋で蛇口を買い求めて壁にめり込ませ、「水が出ない!故障だ!」と怒るような有様だった。
いつしか人々は「犬(日本人)がいなくなって豚(シナ人)が来た」と言って日本統治時代を懐かしむようになり、「日本精神(リップンチェンシン)」という言葉が生まれた。
国民党による圧政は単なる差別にとどまらなかった。外省人(戦後やってきたシナ人)と本省人(元々の台湾人)との対立は先鋭化し、とうとう台湾人による抗議運動は武力衝突につながった。
この二・二八事件事件以降、国民党政府は全土に戒厳令を敷き、台湾人を片っ端から殺しまくった。この虐殺による死者は3万人近いとも言われるが、正確な数字は未だに不明である。
台湾には、「アメリカは日本に原爆を落としただけだが、台湾には蒋介石を落とした」という言葉まであるくらい、蒋介石の独裁が台湾にもたらした災厄は大きなものだった。
親日の世代
このような歴史を経て、日本統治時代を直接経験している世代(トーサン世代)は、今でも流暢な日本語を話し、「自分は元日本人である」と胸を張ってくれている人が多い。李登輝元総統や、司馬遼太郎『台湾紀行』にも出てくる蔡焜燦氏らの世代だ。
しかし、台湾の全人口が未だに親日的なわけではない。戦後やってきた外省人がもちろん反日的だ。外省人は少数派だが、政権を掌握している彼らは中華民国の反日史観で国民を教育し、メディアを支配してきた。
これによって、本省人にも戦後世代には反日史観に影響されている人も増えてしまった。今の陳水篇総統らの世代がこれにあたる。
だが台湾の民主化以降は言論、政治にも自由な空気が戻り、1997年には日本統治時代を客観的に評価する『台湾史』の教科書が制定された。これまでは「中華民国は大陸全土を支配している」という蒋介石の妄想に従って『中華民国史』しか教えられていなかったが、ようやく台湾を台湾として教えられる教育が始まったのだ。
こうして新しい教育を受け、アニメや音楽など、日本のポップカルチャーに影響を受ける次世代の台湾人は、概ね親日的の傾向があり、両国の未来志向の関係発展が期待される。
台湾と朝鮮と何が違ったのか
また、インフラ整備や教育など、同じような統治時代を経験した朝鮮(むしろ台湾より優遇されていた)は、台湾とは逆に戦後世界一の反日国家になっている。
この点について考えると、台湾の親日傾向は単純に日本統治の影響によるものだけではなく、南国のおおらかな気質や、良いものを認めて受け入れるある種の国民性という土壌がもともとあったのではないか、とも思われる。
台湾には、戦後の日本が捨ててしまったもの、朝鮮が破壊してしまったものが数多く残っている。そのかけらがまだ残っているうちに、僕は台湾へ行かねばならない。
