教育問題

「日本の教育のガンは日教組」と発言した中山国土交通大臣が、結局は辞任することとなった。非常に残念である。なぜなら、中山大臣の発言は、二つの点で大きな間違いを犯しているからである。

 中山成彬国土交通相が28日、成田空港拡張への反対を「ごね得」などとした一連の発言の責任をとって辞任した。

 中山氏はいったん発言を部分的に撤回した後も、「日教組はぶっ壊す」などと繰り返していた。

 中山氏は、大分県教育委員会の汚職事件に関して、「日教組の子どもは成績が悪くても先生になる。だから大分県の学力は低い」「私が全国学力テストを提唱したのも、日教組の強いところは学力が低いと思ったからだ。だから学力テストを実施する役目は終わったと思う」と語った。

 中山氏は「国旗・国歌も教えない」「道徳教育に反対している」などとして日教組を批判した。的を射ている点もあるとしても、教育にかかわる問題は、国交相の所管外のことだろう。
中山国交相辞任 節度を欠いた発言だった : 社説・コラム : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

「日教組が日本の教育のガン」

これ自体は紛う事なき正論、いや事実である。

しかし、この発言をした中山大臣の現在のポストは、国土交通相。教育問題とは直接関係がない。これがまず一点。文部科学大臣時代にこの発言をし、しかも徹底的に戦って日教組への破防法の適用、国家反逆罪の適用までがんばってくれるならいいのだけど、国土交通相ではいかんともしがたい。しかも辞めてしまっては元も子もない。

組織率と学力との相関関係

次に、学力と結び付けてしまったこと。実はそもそも学力テストの実施事態が、中山(当時の)文科大臣による、「日教組の強いところは学力が低いのではないか?」という推論を裏付けるために実施されたものだったわけで、その実験はそれはそれで興味深い。しかし既に、組織率と学力に直接の相関関係はない、と言うことが明らかになってしまっている。しかし「組織率が高い」のと「組織(の影響)が強い」のとはまた別の話。これも大事なところなのだが長くなるので改めて取り上げたい。

そして、もっと大事なのは、日教組が日本の教育のガン、いや日本の未来にとっての病巣なのは、決して「子供の学力が下がるから」であない、ということだ。

学力が問題なのではない

日教組が最悪なのは、子供達に「学力」のための勉強をちゃんと教えないから、ではない。

子供達に、勉強以外のことを教えるから問題なのだ。日教組の教師は、子供達に自分達の偏向したイデオロギーを植え付け、日本人でありながら「反日」の日本人を量産する。
歴史を貶め、自衛官の子息を「人殺しの子供」とつるし上げ、日本の伝統はおろか、国旗や国歌をないがしろにして、共産主義や朝鮮文化を礼賛する。

このような教育で子供達が育ったとして、たとえ「学力」が高かったとして何の意味があるだろうか。
教育の目的は、国家に有為の人材を育てるところにある。こういう表現をすると反発する人もいるかもしれないが、「学力を向上させる」のが何のためかと言えば、あるいは近視眼的には出世して良い生活や親に楽をさせたりするためかもしれないが、将来の日本を担う人材として各分野で活躍し、日本の国際競争力を高めるためだろう。

しかし、こんな教育を受けて育った子供が、果たして日本の未来に貢献してくれるだろうか。
「日本の歴史は人殺しの歴史」「あなた達の祖父は殺人鬼、強姦魔」「日の丸は血の色」「日本は非道い国でアジアに迷惑ばかりかけた」「ロシアと朝鮮は素晴らしい国」

教育を捨てた国は滅ぶ

「学力」だけ向上させたとして、どうなるのか。結局はホリエモンのような拝金主義者を生み出し、しかも税金を嫌って資産は海外のタックス・ヘイブンへ、などというような亡国のエリートを育てるのみではないだろうか。

教育は国家百年の大計である。その影響は直ぐには現れないが、50年、100年のスパンをおいて必ず現れる。
今こそ、日本はその教育という重大事を、日本人の手に取り戻さなくてはならない。現場の教師と、子を持つ親の世代に期待したい。

(櫻木)