8月9日。この日は、広島に続いて長崎に原爆が投下された日である。この原爆投下は、戦略的にも戦術的にも全く意味を見出せない作戦で、「新兵器を日本で人体実験したい」という差別意識の元に、日本の降伏を引き伸ばしながら行われた計画的大虐殺である。犠牲者の冥福を祈る。
また、同じくこの日は、ソ連が国際法も条約も平然と踏みにじり、満州に侵攻してきた日でもある。当時、日本とロシアは不可侵条約を結んでおり、中立関係だった。そのため、日本はアメリカとの戦争の仲介をソ連にしてもらうよう熱心に働きかけており、ソ連は日本に継戦意思も国力も無いことを百も承知だった。
その上で、アメリカと日本を分け取りにするため、また日露戦争の報復をするために、ロシアは囚人部隊(現地での略奪、暴行は褒美として認められていた)を送り込んできたのである。
満州では、関東軍が壊乱、一般市民はことごとく陵辱・殺害され、男はシベリアへ送られ、抑留者200万、うち死者40万とも言われている。
樺太では、守備隊がソ連の大軍を相手に必死の抵抗戦を繰り広げ、『北のひめゆり』、九人の乙女の悲劇を生んだ。
占守島では、日本の戦車隊がソ連を相手に一歩も引かず戦い続け、北海道の占領を阻止した。(詳しくは以前書いた『占守島の戦い ~北海道を守った男達~』をご参照ください)
そんな日。
(櫻木)